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父と母の愛情や厳しさ

洋風住宅のある街中を、短髪で背の高い父と小柄な母が並んで歩くイラスト
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前回のコラムでは、私が経営者として見習いたい父について書きました。会社を設立して40年以上、努力を重ねながら家族を養ってきた父。その歩みを考えるとき、同じくらい大切に伝えたい人がいます。それは、父を支えてきた母です。

父は、とても努力家です。そして、その父のそばには、真面目で節約家の母がいます。父を支えて50年。二人の姿を思い浮かべると、今の私があるのは、父と母、それぞれの愛情があったからだと感じます。

今回は、両親の愛情や厳しさ、そして、優しい母への感謝を言葉にしたいと思います。身近な存在だからこそ、つい伝えそびれてしまう気持ちを、ここに残しておきます。

努力家の父と、その父を支える母

父の努力する姿は、私にとって尊敬するものです。会社を長く続け、家族を支えてきたことの大きさは、自分も経営に携わる立場になって、改めて感じるようになりました。

ただ、父のことだけを語っていては、私の家族について十分に伝えることはできません。父を支えてきた母の存在も、私にとって欠かすことのできないものだからです。

会社の設立や、家を建てることは、形として分かりやすい出来事です。一方で、毎日の暮らしを整え、家族の食事をつくり、お金を大切に使うことは、一つの大きな成果として語られる機会が少ないかもしれません。それでも、家族が生活していくうえで、どれも大切なことです。

父が積み重ねてきた努力と、母が続けてきた支え。その両方に目を向けたいと思います。父を尊敬する気持ちと同じように、母にも深い敬意があります。どちらか一人だけではなく、二人それぞれの歩みを大切に受け止めています。

真面目で節約家。母のお金への向き合い方

母は、とても真面目で、節約家です。何より無駄遣いが嫌いな人です。その姿勢は、私が母を語るときに欠かせない一面だと思います。

今、母の節約について考えると、ただお金を使わないということだけではないように感じます。働いて得たお金を大切にすること。必要なものと、そうでないものを考えること。暮らしを続けていくために、日々の使い方に目を向けること。私は母の姿から、そうした大切さを受け取っています。

欲しいものがあれば、何でもすぐ手に入れる。それだけが豊かな暮らしではないと思います。今あるものを大切にし、本当に必要なところにお金を使う。母の節約家としての一面を思い浮かべると、私自身の使い方も見直したくなります。

会社を経営するうえでも、お金の扱い方には責任が伴います。必要な支出まで惜しむのではなく、使う意味を考え、無駄を見過ごさない。家庭で見てきた母の姿勢を、自分の仕事にも生かしていきたいです。

栄養満点の母のご飯が、私の成長を支えてくれた

母への感謝を考えたとき、忘れることができないのが、母のご飯です。母のつくる食事は栄養満点で、子どもの頃の私の成長にとって、とてもありがたい存在でした。

食事は、一度用意すれば終わるものではありません。毎日の暮らしの中で、繰り返し必要になるものです。その一食一食を用意してくれる人がいたことを、今はとても大きなことだと感じています。

何をつくるかを考え、食材をそろえ、調理をする。食卓に並ぶ料理の前には、さまざまな手間があります。母のご飯を思い返すと、食べる側からは見えにくい、その手間にも感謝したくなります。

節約を大切にする母でありながら、私にとって母の食事は、成長を支えてくれる栄養に満ちたものでした。お金を大切にすることと、家族の食事を大切にすること。その両方が、私の知っている母の姿です。

母の愛情を思い浮かべるとき、特別な出来事だけを探す必要はないのだと思います。日々のご飯のように、暮らしの中にあったものこそ、私を支えてくれていました。そのありがたさを、これからも忘れずにいたいです。

優しさと厳しさの中で、受け取ってきたもの

私にとって、母は優しい人です。その一方で、無駄遣いを嫌い、暮らしに真面目に向き合う人でもあります。優しいことと、何でもよしとすることは、同じではないのだと感じます。

父の努力する姿や、母のお金を大切にする姿勢を思い返すと、そこには、自分にもきちんと向き合おうと思わせる厳しさがあります。簡単に済ませていないか。大切なものを粗末にしていないか。両親の姿が、私自身への問いにつながっています。

愛情は、優しい言葉だけで伝わるものではないと思います。毎日の食事や、暮らしを守るための心がけ、努力を続ける姿にも表れるものです。父と母は、それぞれのあり方で、私に大切なものを残してくれています。

そのすべてを、当時から十分に理解できていたとは言い切れません。だからこそ、今になって感じるありがたさを、今の言葉で伝えたいです。受け取ってきたものを振り返り、自分の行動にもつなげていきたいと考えています。

70歳を超えた今も、働きに出ている母

母は70歳を超えた今も、働きに出ています。その姿に、私は母の真面目さを感じます。年齢を重ねた今の母にも、見習いたいところがあります。

働いているという事実を、当たり前のようには受け止めたくありません。自分の母だからこそ、その日々に目を向け、感謝する気持ちを持ちたいと思います。

同時に、これからは母自身の時間や体も大切にしてほしいです。頑張る姿を尊敬するだけで終わらず、私自身も、母を気にかける側でありたい。これまで支えてもらってきた分、今の自分にできることを考えていきたいです。

父を支えて50年。その歩みへの敬意

母は、父を50年にわたって支えてきました。50年という言葉は短く書けますが、実際には、とても長い年月です。その長さを考えると、母への感謝も一言では収まりません。

私に見えている父と母の姿が、二人の歩みのすべてではないでしょう。それでも、父のそばで支え続けてきた母の存在を、私は誇りに思っています。

誰かを支えることは、目立たないからといって、小さなことではありません。家族の暮らしを支える母自身の努力にも、きちんと目を向けたいです。「父を支えた人」という言葉だけでなく、一人の人として、母の真面目さ、優しさ、日々の積み重ねを尊敬しています。

素晴らしい母を持てたことを、誇りに思う

努力家の父。そして、父を支え、栄養満点のご飯で私の成長を支えてくれた母。二人から受け取ってきたものは、今の私にとって、大切な土台です。

私は、こんなにも素晴らしい母を持てたことを光栄に思います。節約家で真面目で、無駄遣いを嫌い、今も働きに出ている優しい母。その一つひとつに、母らしさと、見習いたい強さを感じます。

父と母への感謝を、思っているだけで終わらせたくありません。自分の暮らしや仕事に誠実に向き合い、家族を大切にする。その行動を重ねながら、感謝を伝えていきたいです。

これから大切にしたいのは、身近な人の支えを見過ごさないことです。食事を用意してくれることも、暮らしを気にかけてくれることも、誰かの時間と手間があって成り立っています。両親への感謝を原点にして、仕事でも家庭でも、してもらったことに気づき、言葉でお礼を伝えられる自分でありたいと思います。

お父さん、お母さん、ありがとうございます。二人の愛情や厳しさを胸に、私も人を支えられる人間へと成長していきます。

合同会社Y.K-family HLDS
代表社員 関根 裕介

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